フリーランスFPのblog
万FP
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睡眠時間と生きることについて考えてみた

一晩くらいかけて布団の中で考えてみた。

結論としては、寝ることは生き延びるための手段であり、経済的事情で睡眠時間を削ってまでも働かなきゃいけなければ、それは致し方ないことなのかなと。いや、当たり前のことなんだけれどね。お金がないと生き延びられないのは資本主義社会の事実だから。

なんでこんなことを考え始めたのか。きっかけはツイッターのあるツイート内容だった。

要約すると、睡眠時間を削るとデメリットしかないよ、というもの。

これは非常に耳が痛かった。なぜなら、私には心当たりしかなかったからだ。

私は小学生の時から夜更かしが大好きな少年だった。そしてそれはついこの間まで続いていた。最近は、奥様にやめてくれと言われ続けていたので、いい加減にやめたんだけれどね。ある日冷たくなってぽっくり死んでいそうで怖いんだってさ。そりゃ仕方ない。

で、話を戻すんだけれども。ツイートには記憶力低下や情緒不安定は睡眠不足からもたらされることが多いという内容も書かれていた。そしれこれがドンピシャなのである。夜更かし大好きなひでみ少年は結構真面目に勉強していたけれど、暗記科目は本当に苦手だった。数学や国語では満点近く取っても、世界史や生物学では赤点ギリギリなのはいつものことだった。というのも、すべてが睡眠不足からもたらされていた結果なのだとしたら、合点がいく。

今までの睡眠時間を振り返ってみると、小学生時代は一日約5時間、中学生・高校生時代は一日約3時間、大学生時代に至っては一日1時間寝られれば良かった方である。社会人になってからは一応気を使って一日4時間くらいは寝るようにしていたけれどね。

完全なショートスリーパーである。おい、ひでみ氏、死ぬ気か。今になって冷静に振り返ってみると自殺行為にしか思えない。

しかし、毎日そんな睡眠時間で本当に一日中活動出来ていたのか言われれば、違うと言える。

ある日は毎日の睡眠不足が祟り、死んだように一日中眠りこけていた日も多々あったのを覚えている。また、情緒はとにかく不安定だった。自分の性格上、唐突にキレたり怒鳴ったり泣いたり、そんな感じで回りに迷惑をかける様な人ではなかった(と思いたい)が、いきなり強迫観念に囚われたり、原因なく落ち込んで鬱みたいな状態から抜け出せない日々は結構あった。特にそれらの症状が最も酷く出たのが多感な高校生時代であり、アレはもはや黒歴史と言っても過言ではない。毎日頭に靄や霞がかかったようになり、意志薄弱状態に陥るのだ。思い出しただけでも、もうあんな状態はこりごりである。

じゃあどうして睡眠時間を削ってまで起きていたのかということになるのだが、理由は明白で、自分は好きなことについ没頭してしまう性格だからだ。

小学生・中学生・高校生時代は、ゲームをすること・絵を描くこと・深夜番組を観ること・パソコンを弄ること・プログラムを作ること、これらが好きで好きでたまらなかった。それは今も変わらないのだけれど、ともかくそれらをすべてこなそうとすると、必然的に睡眠時間を削らざるを得ない。いや、好きなことだけやっていられれば良かったけれど、学生の本分は勉強だから、当然勉強もしないといけないからね。若い分体に無理は利いていたけれど、今にして思えば心は悲鳴を上げていたんだなぁと。反省。

そして、大学生になるとそれらに拍車がかかる。勉学と趣味だけにとどまらず、そこにアルバイトの掛け持ちが加わっていくのだ。そりゃ一日30分も寝る時間があればハッピーだった。迷惑にならないようなテキトーな駐車場を見つけては買った車の中で仮眠を取ることも多々あった。武勇伝ではない。恥ずべき過去である。

最早ここまで来ると狂っているとしか言いようがない。実際、大学生時代は曜日感覚も時間感覚も完全に消滅していた。毎日働いて勉強して空き時間見つけてはぶっ倒れるまで趣味に没頭して、そんな生活を送っていた。

しかし、どうしてそこまでしていたのかと聞かれれば、やはり楽しかったからとしか言いようがないのである。そりゃ、嫌なこともたくさんあったけれどさ。

アルバイト先の人生の先輩方からはたくさん可愛がっていただき、社会人マナーや人間模様、また夜の遊び方など非常に多くのことを学ばせていただいた。それらは今の自分の血肉となって確かに生きているし、それらの経験がなければ、今の自分は当然いなかったと断言できる。それだけ大変貴重な経験をさせていただいた。

その後は就職も決まり、何とか社会人になれたわけだけれど。まぁ、卒業間近で子どもが生まれて結婚して、紆余曲折あって離婚して今に至る。社会人になってからは単純に仕事が忙しくて寝る間がなかっただけなので、睡眠時間が短い理由については割愛する。家庭を持って子どもがいて仕事もしていれば、寝たくても寝られない日々ばかりだ。それだけのことだった。この時になると既に趣味は自主的に抑えていたので、本当は仕事に支障が出ないようにちゃんと睡眠時間を確保しようとしていたけれど、仕方ないことだった。

さて、ここまで話して本題に戻るんだけど。今となっては私もすっかり「睡眠は適正に取った方がいいよ」と言う派になった。

ただ、寝るのは生き延びるための手段だ。寝るために生きているのではない。私たちは生き延びるために生きるのであって、生き延びるためには様々な手段と方法がある。寝ることはその内の手段の1つであり、食べることや趣味に没頭すること、仕事に専念することもその内の1つに過ぎない。私はそう思う。

物事には光あれば影があるように、メリットとデメリットは共存している。

今という時間は今しかない。その時間を寝ることに費やすのか、生きることに費やすのかは、自分たちが決めていいことだ。今が楽しければ、もしかすると寝るのは時間のムダなのかもしれないね。

少なくとも、私は過去の行いを後悔していない(高校生時代は除く)。それは、あの時は睡眠時間を削ってまで自分の正しいと思う道を歩み、楽しいことを優先させたことに今となっては意味を見出せるからだ。

確かなことは、人はいつか死ぬ。それは避けられない事実だ。そして死のタイミングは自分じゃ決められない。

私が今も生き延びようと思えるのは、学生時代に味わった楽しみたちが今も心の奥でずっと沁みついて離れないからだと思う。

難しいゲームをクリアした時の快感、イラストが上手に描けた時の悦び、先輩たちに教えていただいた酒の美味さ。それらがすべて今の私の生きる糧となり、活力となる。最近はようやく寝る気持ち良さも覚えてきたけれど、やっぱり何かしていた方が落ち着くんだよね。

ああ、本当に自分は俗塗れな人間だなぁとつくづく思う。

追伸

アイキャッチ画像は親友の無忙庵さん(https://photopool.bts-works.com/ )から許可を得て拝借しています。

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